第 3506 号2016.04.03
「 春の風に吹かれて 」
松 若芽(ペンネーム)
5才の男の子に驚いた。
ある日の私鉄の車中でのこと。車内にある思いやりシートに、親子が掛けていた。そこに途中から二人連れの老婦人が乗って来て、その親子の近くに立った。すると男の子が立ち上って、杖を持っている老婦人に向って
「どうぞ」
と、はっきりした声で言うと、驚いて
「私に席を譲って下さるの」
「はい。ここに書いてあるでしょう」
と言って、窓ガラスの優先席の文字を指した。
怪我した人・杖を持った人等のイラストもある。男の子は続けて「お母さんは、おなかに赤ちゃんがいるから席を譲れないから……」
向いの席にいた私は、お母さんは何故と思っていた。他の人にも解るように説明する聡明な男の子に感心した。すると老婦人は
「ありがとう。ぼくは何才なの?」
「5才です」
老婦人だけではなく、辺りの人はびっくりした様子だった。席に着いた老夫婦は、男の子と一時会話をしていたが、
「久しぶりにこんな若い人と話をしたわ。たのしかったわ」
と、連れの女性に嬉しそうに言った。
三十代であろう母親はただニコニコしながら、男の子の言うことにうなづいている。
日頃の躾がいいのだと思った。この頃は、十代、二十代でもメールをしたりして、老人が目の前にいても平気なのにと。
自分の足の痛いのも忘れて、爽やかな心で下車をした。一言ほめたかった。
きっと素敵な青年になるだろうと思った。
外は、北風が吹いているのに、やさしい春の風に吹かれたようである。