「 いのち 」
ロングライフ(ペンネーム)
「ナッちゃんがお爺ちゃんに話したいことがあるんだって。電話、替わるわね」
近所に住む娘の帰りが仕事で遅くなるからと、孫に夕飯を食べさせに行っていた妻から電話があった。わざわざ電話で話したいとは、初めてのことだった。ナッちゃんは五歳の女の子だ。
「もしもし、ナッちゃん。お爺ちゃんです。なに?話したいことって」
「あのね、ナッちゃんの金魚がひとつ死んじゃったの」
その後の声がよく聞き取れない。私も最近耳がやや遠くなってきているが、そればかりではないようだ。なにかさらに言いたかったようだが、ことばにならなかったようだ。まだ気持ちを言い表すことばが見つからなかったのかも知れない。もしかしたら涙も流れ、喉をヒクヒクさせていたのかもしれない。
「それは悲しいね。いつ、死んじゃったの」
「??????」
「残っている金魚はいくつ?」
「みっつ」
「そう。みんな大事にしてあげるんだね。いつまでも元気でいられるようにね」
「うん」
「それじゃ、また遊びに来てね。もうお風呂に入ったの」
「うん」
「それじゃあ、もうオヤスミしないとね」
「うん。オジイちゃん、おやすみ」
ナッちゃんが初めて「死」を体験した瞬間だった。小さなこころが生き物の死を初めて受け止めたのだ。そして、それはやはり悲しいものだったのだ。
いのちあるものはやがて必ず死ぬ。死を逃れることはできない。ある人はいみじくも言った。人は死ぬために生まれてくるのだ。その通りだ。
ナッちゃんもこれから数多くの「死」に遭遇する。ペットの死、友の死、先生の死、同僚の死。成長するに従って出合う死の数は増える。そして、そう遠からず「お爺ちゃんの死」を否応なく迎えることになる。
悲しんでほしい。喉をヒクヒクさせて泣いてほしい。
死は悲しい。だからこそいのちを大切にしてほしい。ひとのいのちを。
自分のいのちを。