「 冬の夜 」
S(ペンネーム)
幼い娘を連れての買い物帰り、書店に寄った。娘の絵本を買うためだ。
絵本は、本人がよく買う文庫本や単行本のように、そろったサイズのものは案外少ない。絵本の個性に合わせてサイズも色々だ。
本棚は大人コーナーのような整然さはない。だが、自由な色遣いで彩られた本たちはそれだけで楽しそうで、絵本コーナーは読み手の子供たちのエネルギーそのままに元気で溌刺とした雰囲気にあふれている。
さんざん迷った挙句、ようやく一冊の本に決めた娘の手を引きレジへと急ぐ。夕食の準備の時間が迫っていた。
と、その途中、一冊の文庫本が目に留まる。結婚前、大好きだった作家の作品だ。子供ができてからは読書とは程遠い日々を過ごしている。娘が寝たあとの時間が唯一の自分の時間だというのに、気が付くといつも眠ってしまっている。懐かしさと淋しさを覚えながら単行本を手に取り、娘の絵本と一緒にレジに向かった。
夜、久しぶりに本と向き合う。家族をテーマにした連作短編で、立場が違えば見える世界も違ってくることをしっとりと描いた良い作品だった。その中で、一つ心に留まった場面があった。娘が亡くなった母親の人柄を「母は、たとえ何かを否定するときでも、相手が傷つかないように言葉を選んで口にするようなひとでした」というような言葉で伝えていた。
相手が傷つかないように言葉を選ぶ。簡単なようでとても難しい。それを習慣とすることはいっそう難しい。読んだとき、私も娘にはこういう母親でありたい、と思ったのだが、ふと、娘を持たないときに読んでいればこの場面が胸に響いただろうか、と首をひねった。
私も、この作家が大好きだったころよりは少しだけ経験も重ね子供を持つ喜びも知った。きっとこれから先、嬉しいことも辛いことも様々に経験していくのだろう。もしかしたら、この場面が良いと思えるのも、いまだからこそなのかもしれない。
そんなことを思いながら、静かに眠る娘の寝顔を見た。