第 3466 号2015.06.28
「 初夏の一便 」
行方行(ペンネーム)
梅雨明けの便りは、梅雨のない北海道から届く。
宅急便の箱を開けると隙間なくアスパラガスが詰まっていて、
ふわっと緑の匂いがした。毎年、農家の友人が送ってくれるもので、かじると市販のものより歯ごたえがあって絶品にうまい。
道北なので虫が少なく、農薬を使わなくていいので『本当の味』がするという。
二十年前、友人と私は東京でバイト暮らしをしながら一方は文章を書き、もう一方は写真を撮ってプロを目指していた。しかし、自分の好きなもの、表現したいことばかりが先走って、楽しい日々だったが、結局、飯の種にはならなかった。東京での暮らしが十年になるころ、友人は写真家になる夢をさっぱりと諦めて結婚し、奥さんの実家の道北でミニトマトを育てることにした。
それから三年後、唐突にアスパラガスが届いた。余った土地でつくっているという。そのときは見逃し、翌年に気づいた。
糊を丁寧に剥がして、アスパラガスを入れていた箱を開く。
内側に絵が描かれていた。
今年はビニールハウス越しの牡鹿だ。よくミニトマトを食べに来ると聞いていたが、想像よりも二回り大きく角も堂々としている。よく見ると小屋の陰で奥さんが憤慨していた。鹿に対してが、ミニトマトの危機なのにのんびりと絵を描いている旦那に対してか。
向こうに行って友人はカメラを絵筆に持ち替えた。しかしうまくはない。だから大っぴらに封入するのが恥ずかしく、箱の内側という見つけにくいところに描くのだろう。
絵の題材も季節もさまざまだ。
春の尾瀬、夏の小川、秋の海、冬の家ー。
数年間、猫ばかり描いてきたこともある。どれにも彼らしい実直さとユーモアがあって、アスパラガスをかじりながら口もとを緩ませていると、いつの間にか夏になっていた。