「 アゲハが飛んだ 」
中野 弥生(ペンネーム)
「アゲハの幼虫を取ってきたよ」
帰ってきた小学生の息子が小枝を差し出した。見ると、若緑の葉に黒と白の小さな塊がついている。息子は、かなり遠くの公園から大事に持ってきたと得意そうである。
さあ、これからが大変だった。アゲハの幼虫は柑橘類の葉しか食べない。家の庭には柑橘類の木がないので、公園まで葉を取りに行かなくてはならない。3、4日はそれですんだが、葉を取りに行くもの大変だ。犬の散歩をさせながら、ご近所にあれば、譲っていただこうと探して歩くのだが、意外に見つからない。
ところが、つい先のお宅に植木屋さんが入っているので、伺ってみたら、ユズの木があると教えてくれた。これで安心。餌の辰お会いがなくなったからか、幼虫は葉を勢いよく食べ、みるみる大きくなった。耳を澄ますと、葉を食べる音がかすかに聞こえるほどだった。
脱皮を繰り返し、緑色に黒い模様のある大きな幼虫になった。
匂いのするオレンジの角を出したり、サナギになって壁面に自らを固定するところも観察できた。毎日、親子で理科の学習をしいる気分だった。
梅雨の晴れ間の朝早く、見るとアゲハが羽化していた。アゲハはこの日を待っていたのだろうか。あんな小さなサナギから出てきたとは思えないほど立派なキアゲハだった。
「きっと、花の蜜が吸いたいんじゃないかな」という息子の考えで、庭の花の前で放してやることにした。蓋を開けると、アゲハは花には目もくれず、空中に高く飛び出した。見上げる親子の上を、挨拶でもするように、ぐるりと一周すると、隣の5階建てのマンションの屋上を越えて一気に舞い上がった。そして、自由を楽しんでいるように、どこまでも上空めがけて飛び続け、青空に姿を消した。アゲハがそんなに高くまで飛ぶとは驚きだった。
蝶のイメージを変える声明の力強さに打たれて、親子で、暫く空を見上げていたのだった。