「 父からのメッセージ 」
今井 万里子(千葉市)
幼い頃の日常会話を収めたカセットテープが見つかった。この一年、実家に帰るたびに部屋を整理しながら探していた代物だ。
春の帰省時、見つからないまま自宅に戻った数日後に、母から居間にある棚の奥にあったと連絡がきた。「ちょっとだけ聞かせてあげる」と、母は電話口でそのカセットテープを流し始めた。
私がまだ3歳になる前、父とふたりで買ったばかりの車に乗って牧場を訪れた日。草地に放たれた牛を柵の外から眺め観察しているワンシーンだった。たどたどしいながらも一所懸命にしゃべっている私の声はとてもあどけなくて可愛いらしい。「わが子がいたらこんな声だったのかしら」と、望んでいたけれど子どもを授かれなかった私には切ない感慨も溢れてきた。十分ほど経験した頃、父は「帰ろうか?」と尋ね出した。「まだで」と言う私。また暫くして父は「帰ろうか?」私は「まだで」。それを三回繰り返した後、今度は強く促すように「もう帰ろう」と言う父に、またも私は「まだで」と答える。ところがひとこと「ジュース」と発するやいなや「帰ろうね!モーモーバイバイ」と、ワントーン高い私の声が響いた。まんまと飲み物に釣られて帰ろうとする私と、作戦は成功したけれど、あまりにあっけない娘の変化ぶりに意表を突かれた父の様子が伝わってくる。記憶にはない四十年も前の面白可笑しい光景が、まるで覚えていたかのように頭の中で再現された。
父は口数が少なく真面目な人だった。でも懐かしいカセットテープの中には、まだ小さい私と過ごす他愛もない日常に、幸せな充実感を味わっていたとわかる父がいた。亡くなってもうすぐ四年。
今度帰省したときには「パパは私にたくさんの幸せをくれたけど、私もパパにたくさんの幸せをあげていたんだね」と、珍しく満面の笑みを湛えている遺影に話しかけてみよう。