第 3435 号2014.11.25
「 クワイの「揚げしんじょ」 」
北崎 理子(茅ヶ崎市)
十一月の末にデパートの野菜売場でクワイを見つけた。暮れになれば、お正月用として、あちこちのスーパーに出回るが、まだ珍しい。
クワイは喜んで食べたいものではなかったが、母がつくる「揚げしんじょ」は好きだった。クワイを見たら懐かしくなり、自分で作ってみようと思いたち、一パック五個入りのを二つ買い求める。
頭の中で母の手順を思いだしながら……、そうそうクワイは皮のまますりおろすのだった。突き出ている芽は細かく刻み、すりおろした実に混ぜる。そこへ卵黄と塩少々を加え、つなぎの小麦粉をふりいれてよく混ぜあわす。ぽったりしたたねができる。これで、あとは低温の油でゆっくりと揚げるだけ。なんと簡単。
しんじょ形に整えるのは、丸いスプーンにたねを山もりすくいとり、果物ナイフを使って余分なたねをすり落としていた。
「そう、これがコツなのよ」と、母の声が蘇えった。
母は得意げに、たねをつぎつぎと鍋の油のなかにすべらせていく。ハマグリの殻をふせたようなふっくらとした「しんじょ」が、浮きあがってくると、網ですくいお皿に並べる。
「おいしそう」
私は待ちくれなくて、手でつまんで口にいれた。母は行儀が悪いともいわないで、珍しくおどけて言った。
「お味のほどはいかが?」
「うーん、絶品」
私もふざけた。私は二十代だっただろうか。
あわてずに、たねを低温の油で揚げたのに平べったい「揚げせんべい」になってしまった。一口味見をすると、お餅のような緻密な食感と苦味は母がつくったのと同じだ。
何も食べずに食道ガンで亡くなった母を想い、一瞬シュンとなる。