「 手帳 」
ぴあの(ペンネーム)
働いてもいないのに、毎年手帳を買っている。特にこれといって特別な予定があるわけじゃないけれど、忘れずにあれを買うこととか、あの店のセールを見に行ってみたいとか、たまには近所のカフェでお茶するとか。そうそう、水曜日にはレディースデイの映画の予定。そんなメモが並んでいく。
毎年秋口になるとどんな手帳を買おうかと散々に悩む。いくつかの文具店を巡ってもみる。昨年の秋に買った手帳は友人が使っていたものを真似て買ったものだった。一日一ページの手帳。予定があんまりないくせに、そんな手帳を買ったのは、毎日ここが予定で埋まれば楽しいかもとそんな思いからだった。たっぷり書き込むスペースがあるのだから、今日の出来事を綴ることもできるかもしれない。
もうすぐ師走という時に言い渡された癌の告知。夏から調子の悪かった持病の腎結石をこじらせて入院したのは十月だった。その時の精密検査で結石だけでなく癌まで見つけてくれた長い付き合いの主治医は、いつもと変わらぬ調子で、あっという間に入院日から術日までを言い渡してきた。気が付いたら手術台の上だった。偶発的に見つけた癌はかなりな初期で、切り取ればほぼ完治というものだったけど、いざ手術台に乗ってみれば、お腹を切るというのは案外と怖いのだということが実感された。頭上のやけに眩しいライトが恐怖を煽っていたっけ。たった1週間の入院だった。病棟の談話室の窓はとても大きく、冬の明るく暖かな日差しがいつも射していて、あぁ頑張ってよかったと思わせてくれた。
癌告知前に買った手帳。一日一ページのその手帳には、やっぱりあんまり特別な予定は入らない。せいぜい病院の通院予定が増えたくらい。買い物やお茶の予定と代わり映えのしないものばかりだけれど、そんなことでも手帳に書くのがこんなに楽しい年は初めてだと、にんまりと笑えてくるのだ。