「 アイの運命の分かれ道 」
詩野 理子(ペンネーム)
愛犬アイはミニチュアダックスのオス。8歳になる。
家から車で少し行くとY字の分かれ道。右に行けば動物病院、左に進むと公園の駐車場。真中に位置する公園がアイのお気に入りの散歩コースだ。
予防注射のときなど年に2、3度、Y字を右に進んだとたんアイはパニックを起こし「え?道が違うよ、戻ってよ」と助手席で私の顔をなめまわす。
待合室では恐怖に目を見開き、1時間も小刻みに震え続ける。
医師と決して目を合わさず、尾は後脚の間に丸め、胴をつかまれたらもう失神寸前。脱力状態でいつの間にか診察台の上に粗相をしている。アイの名誉のために言うが、普段は絶対失敗しないのに。
言葉が通じないからいっそう無垢な心で犬と人間は深く信頼しあえる。でもそこまでおびえるアイに説明してやれないのがもどかしい。
沼やアスレチックを囲んだ卵型の公園遊歩道は約1km。草の匂いを嗅ぎ、長い耳をパタパタ振って大好きなお父さん(夫のこと)と走り、沼のさざ波を不思議そうに眺め、鳥を追い、時に私を振り返って待ち、待ち切れずまた走り出す。
小躍りして1周するのだが、病院寄りの側を歩いているとふいにアイが立ち止まることがある。目を細め、風に向かって方向を定め、顔をあげてにおいをかぐ。野生の動物が群れの先頭に立ち危険を察知しようとするように。そんなときはきっと風上に病院があって、たくさんの犬や消毒やスタッフなんかの不穏なにおいがするんだろう。しばらく考えていたかと思うと、突然あたふたとリードを引っ張り逃げ出す。
病院では助けて(?)やれないから、このときはアイの気がすむまで私たちもリードに引かれ一緒に逃げる。群れの1員みたいに。
散歩コースを変えてもいいのだけれど、病院の方から風が吹く日は少ない。それに、風に耳の毛をそよがせ考え込むアイの哲学者のような表情が好きだ。やっぱり言葉は通じない方がいいと、そんな時思う。