第 3432 号2014.11.02
「 ぬくもり 」
阿部 松代(川崎市)
上り坂で、祖父と四歳くらいの孫と思しき二人が前を歩いていた。突然、男の子が声をあげた。
「あっ、背中、押した!」
「背中?」
「風さんが押してくれた。ラクチンになった」
どうやら、追い風のことを言っているようだ。おじいさんが
「風さんに、お礼を言わないといいけないね」と笑うと、男の子は後ろを向いて「ありがとー!」と叫んだ。そして、おじいさんの手を引っ張って進んでいく。
「ラクチンだなあ、ありがとう」
おじいさんが言うと、男の子はおじいさんの後ろにまわり、今度は背中を押し始めた。二人の会話を聞きながら、先日七十七歳で亡くなった伯母の通夜での光景を思い出した。棺に横たわる「おばあちゃん」の顔をじっと見ていた幼い孫たち。その真剣な表情を身ながら、彼らは何を思っているのだろうと考えた。そして、人は亡くなっても思い出は残る、その存在は決して消えないのだと感じた。
坂道を楽しげに上っていく男の子。彼の中におじいさんとの「今」はどんな形で残っていくのだろう。具体的な言動は忘れられたとしても、おじいさんの手や背中、交わした言葉の温もりは持ち続けられ、彼の人となりの土台になっていくに違いない。
追い風に押され、足取りが軽くなった。おじいさんと繋いだ手を揺らしながら、男の子がはしゃいでいる。