第 3430 号2014.10.19
「 食欲コントロールの後遺症 」
横田 徳信(横浜市)
私は20代に食欲をコントロールした経験を持っている。胃腸の調子が悪くなったとか、ダイエットを実行するために食べないようにした経験は誰でも持っているが、食べなくてはいけない時に、自分の意思で長時間食欲をセーブした経験を持った人は少なくないのではないだろうか。
それは岩登りを行うためにやらざるを得なかったのである。岩登りは垂壁を重力に逆らって登るのであるから、持って行く重量が登りのスピードや安全性に大きくかかわってくる。軽い方が良いのである。しかし、登攀具、ロープなど命にかかわるもの、夜を明かすための衣服などや水などは持っていかざるを得ない。必然的に食料を減らさなければならなくなる。血糖値を下げては行動できなくなるので、掌に乗るだけの甘味物だけを持っていくことになる。
これだけの食料で行動できるようにするには食欲を自在にコントロールしなければならない。性欲ならわかるが、睡眠欲や食欲をコントロールすることなどそれまで考えたこともなかった。先輩からは「岩登りの前後に多めに食べれば、ある期間のトータルの栄養は同じになるから問題ない」また、「体の防護システムである栄養が入った際に活力源を出させるように、意思の力でコントロールすれば良いのだ」と言われ続けていた。理解できるが、実行することは容易なことではなかった。それでも訓練の成果が出て食欲をコントロールができるようになったことで、多くの岩壁を登ることができた。
しかし、この自然に逆らう反動は大きかった。岩登りをやめてから10年以上経っても、食べ物が餌に見え何を食べてもうまくなかった。30年後の今でも後遺症が若干残っている。岩登りは青春の輝かしい思い出であるが、美食の楽しみを奪ったことから複雑な思いを抱くこの頃である。