第 3429 号2014.10.12
「 父親の顔に 」
玉市 薫(ペンネーム)
休日、インスタントコーヒーをすすりながら、ベランダの外を眺める。朝には力なくしおれていたバジルの葉が、みずみずしく頭を上げている。
昨日一日、放っておいてしまったことを思い出し、今朝、慌てて鉢に水をやったのだった。それが、たったの数時間でこうも力強さを取り戻すものかと驚き、そしてほっとする。
「元気になってくれてありがとう」と、思わず声をかけたくなる。
「やっぱり、実家にいたほうが安心だと思うの。…って、あなたを信頼してないわけじゃないのよ?」
妻は、初めての子を出産するため、先週、山形の実家に帰った。車で六時間かけて妻を故郷へ送ると、なぜか引き換えに、庭先のバジルの新芽を植えた小さな鉢を持たされたのだった。
「なにかを育てる練習をするのもいいかと思って。…、あ、あなたを疑ってるんじゃないのよ?」
相変わらず、妙な気の遣い方をする妻だが、たしかに私には自信がなかった。なにしろ私は、これまでの人生で父親になったことなどないのだ。お腹が大きくなっていくほどに母親の顔つきに変わっていく妻を横目に、私はいつまでも、ただの親の子でいる気分だ。
ぼんやりとベランダのバジルを眺めていると、木製のテーブルの上で、携帯電話が細かく振動する。電話をとると聞こえるのは、懐かしく、そしてらくましさを増した妻の声だ。
「あなた、バジル枯れてない?…あの、これは別に―」
「疑ってるんでも、信頼してないんでもないんだろ?大丈夫、元気に育ってるよ」
バジルごときで自信をつけられても困ると人は言うだろう。だが、鉢にせっせと水をやり、その植物の緑の濃さを嬉しく思うとき、そして、もうすぐ会えるわが子を思うとき、私の顔もほんの少しは、父親らしくなっているような気がする。