第 3400 号2014.03.23
「 映画をみる 」
青野 滋(川崎市幸区)
ピアニストの辻井信行さんが、映画「はやぶさ遥かなる帰還」のテーマ音楽を作曲していく過程を取材したTV番組を見た。その中で辻井さんは「宇宙のイメージを描くのが難しかった」と語った。しかし、主演の渡辺謙さんがとても優しい人で台本を読んで聞かせてくれたり、監督から「はやぶさ」の模型に触らせてもらいながら説明を受けて、テーマ曲のイメージをふくらませることが出来たと話していた。
インタビューの中で、目の不自由な辻井さんが「何度も映画をみて作れた」「映画をみて雄大な宇宙のイメージを楽しみながら作れた」と、「映画をみた」という言葉に熱を込め、また時には静かにくり返し使っていたことが印象に残った。そしてその言葉を聞きながら、辻井さんが「映画をみる」ことは、決して難しいことではなく普通のことなんだ、と気づかされた。
改めて、この人はなんと感性が豊かな素敵な青年なんだろうと感心させられた。
曲が完成し、辻井さんがテーマ曲を奏でる後方に監督とプロデューサーが座り耳を傾ける。辻井さんの指先から生み出されたその曲は、美しく力強い、そして悠久で優雅な音とメロディーで聞く者たちの心にしみいるものだった。
その曲を聞き終えた老プロデューサーが、涙があふれるのをこらえ唇をふるわせながら立ち上がり、「ありがとうございました」と辻井さんの背中に深々と頭をさげた。その重い言葉、万感の思いが込められた「ありがとうございました」を辻井さんは、ピアノを弾いている時のように全身でリズムをとりながら、うれしそうな笑顔で受けとめていた姿が、私の心にすがすがしく残った。