「 もう一つの顔 」
村上 太(ペンネーム)
教職について25年となる。毎年記憶に残る学生に遭遇する。
私のゼミナールの一員である4年生のI君もきっと忘れられない学生になると思う。
私は昨年からI君を見てきた。I君はいまどきの「かっこいい」青年である。下級生の女子学生が「I先輩ってかっこいいですね」と言うのを聞いたことがある。だが学業に関してはかっこいいとは言えず落とした単位も多い。下級生の間でI君が知られているのは、I君が下級生のクラスで落とした授業を再履修しているからである。
そんなI君が内定を得た。秋になり3年生のゼミ生に向けて就職活動についてアドバイスをしてもらおうと思いI君に頼んだところ快諾してくれた。そこで、昼休みにI君のアドバイス講座の時間を設けた。
服装について質問が出たところ、かっこいいI君は「彼女に一緒に来てもらってスーツを選んでもらった。面接官が女性の場合もあるから。」と答えた。次に面接についての質問が出た。I君は「自己分析をして自己アピールを考えることが大切だよ。」と答えた。正直、「自己分析」という言葉は何度も聞いたことがあり、「まっ、普通そうだよね。」と私は心の中でつぶやいた。しかし、I君は続けて言った。「僕は自分史を書き続けたんだ。例えば自分が嬉しかった時はどういう時だったかを振り返ってみるんだ。5才の時の嬉しかった出来事と二十歳の時の出来事はもしかしたら関係しているんじゃないかと考えてみるんだ。そうすると自分がどういう時に何に喜ぶか、どういう人間かが分かってくるんだ。」と答えた。
次いで、I君はこうも言った。「僕は面接が終わる度に自宅で面接官とのやりとりをすべて文字に書き起こして、エーとかそういう言葉が多すぎるとか、自分の欠点を洗い出して次回はもっとうまく話そうとしたんだ。」と答えた。私も学生たちも、みんなI君の顔をじっと見つめ続けていた。
会場を出ていくI君が、今までより、もっともっとかっこよかった。