「 青いカップのアイスクリーム 」
手嶋 隆行(北九州市)
高校二年の冬に交通事故に遭い、春先にかけて二ヶ月入院した。
最初は寝たきりであったが、やがて松葉杖で散歩ができるようになった。広い病院は散歩のしがいがあった。毎日同じ時間に同じルートで歩くのを常としていた。
寒い日が続いていたが、院内は暖房がよく効いていて、夏のようだった。とにかく暑いので、散歩の帰りに売店でアイスを買って帰り、病室で食べていた。青いカップのバニラアイス。
その日も、アイスを手に病室へ帰る途中であった。集中治療室(ICU)の前で、ひとりの初老の女性に出会った。
彼女は私の手を見て、
「お願いがあるんだけど。同じアイスクリームをわたしにも買ってきてくれるかしら」。
― いいですよ。
お代を預り、売店に戻ってアイスを買い、彼女に手渡した。
「ありがとう。主人がここに入っていてね、固いものは何も食べられないの。せめてアイスクリームだったら、口に入れることができるかな、と思って」。
次の日も、お使いを頼まれた。
「きのう主人ね、あれから、美味しいといって食べてくれたのよ。あなたの買ってきてくれたアイスクリーム。ありがとうね」。
それから毎日アイスを買って届けた。病室のご主人に会うことはできなかったが、彼女から礼を言われるのが、だたうれしかった。
十日あまりが過ぎたころ、その日もICUの前を通りがかった。私の顔を認めると、彼女が中から現れた。目が赤かった。そして、優しく微笑みかけ、こう言った。
「もういいのよ。ありがとう。主人ははあなたの買ってきたアイスクリームを美味しい、美味しいって、いつも…」。
その後に続けられた言葉は覚えていない。高校生だった私が、その時どんな反応をしたのかも覚えていない。きちんとお悔やみの言葉をかけることができたのだろうか。
ただ、廊下の窓から見上げた空が、アイスのカップと同じくらい優しい青色だったことだけは、かろうじて記憶に残っている。