第 3380 号2013.11.03
「 お風呂屋さんでの出来事 」
長坂 隆雄(船橋市)
敗戦後間もない復興期、自宅に風呂のある家庭は少なかった。
夕食を終えると、家族連れ立って近所のお風呂屋さんへ行くのが楽しみでもあり、一般の習慣になっていた。
殆どの人とは顔馴染みであり、自然に色々な話題に花が咲いた。
富士山の描かれたタイルばりの広い側面の溢れる湯船の浴槽に浸り、全身を伸ばして開放感に浸ったものである。
人間裸になれば皆平等であり、地位の上下、貧富の差も全く関係なかった。
和気あいあいたる中にあって、誰と言葉を交わす事もなく、一人寂しく片隅で入浴する初老の人がいた。その背には鮮やかな竜の彫り物があった。
四歳の私の子供には、それが不思議でならなかったらしい。
突然、その人の背に手をふれて
『おじいさん。どうしたら、こんなになるの?』と声をかけた。
私は一瞬、緊張して寒気がした。
その時の老人の言葉を、私は今も忘れる事はない。
『おじいさん馬鹿だったから、こんなになったんだよ。坊やは賢いから、こんなになったら駄目だよ』
と言って優しく抱き頭を撫でてくれた。
四歳の子供には、その意味を理解する事は到底不可能であったろう。
併し、その日から、私たち親子はその老人と親しく話を交わす様になった。