第 3375 号2013.09.29
「 ヘイ! 」
篠宮 晴子(東久留米市)
世の夫婦はお互いのこと、何と呼びあっているのだろう。ちなみにうちは結婚前から今に至るまで両者共に、互いの名前を口にしたことも呼んだこともない。25年余り一度も。
私が子供の頃は兄弟お互い呼び捨て。自分のことを話す時も同じ。
スッキリしたもんだ。そしてそれは今も続いている。ただ、この年になると年の離れた兄に気が引けて、名前の後ろに「兄さん」なんてつけてるけど。でも兄は今だって私のことは呼び捨てだ。そして私も何の迷いも抵抗もなく返事をしてる。
ああ、それなのに、夫から名前を名前を呼ばれると考えただけでこっ恥ずかしい。裸になるより恥ずかしい。もちろん呼ぶのも。そんな恥ずかしいこと出来まっかいな!そんな感じ。万一呼ばれでもしようもんなら、大阪あたりまでピューッと逃げ出しそう。
幸い夫は私の名前を一度として呼んだことがないので、大阪まで逃げ出さずに済んでいるけど、ではどうしているか。
「おい」
妻だけど“おい”。“めい”じゃなくてね。
じゃあ私はどうしてるかって?
「ねぇ」
夫だけど“ねぇ”。“にい”じゃなくてね。
その日、たいして広くもない我が家で、夫の呼ぶ声に何故すぐ返事をしなかったのかは覚えていない。別に喧嘩してた訳でもない。
すると夫は何を思ったか、こう私を呼んだのだ。
「ヘイ!」
ヘイ?あんまり聞いたことないぞ。ここはアメリカか?私はポーラか?
思わず懐かしいドーナツ版のレコードジャケットが蘇えり、頭の中では名曲「ヘイ・ポーラ」が鳴り始めた。
「何じゃらホイ!」
笑いをこらえながら夫の前に立った。
そこにいるのは、どこからどう見てもバルバリ日本人のポールだった。