第 3371 号2013.09.01
「 この夏のこと 」
ゆき(ペンネーム)
最愛の母を亡くしたその傷も癒えぬうち、今年に入ると二十数年勤めた職場も失った。
折しも更年期まっ只中。泣き面に蜂とは此の事か。気持ちの沈む毎日。何より自分の弱さに思いのほか衝撃を受けていた。
そんな時に始まったオリンピック中継。今まで仕事と家事に追われ、ろくすっぽ見たことがなかったなぁ・・・明日の仕事を気遣い、泣きの涙で就寝する夫に多少の後ろめたさを感じつつも連日缶ビール片手に夜な夜な観戦する。なにせ、私には次の日の仕事が無いのだ。主人を送り出してから、たっぷり寝れば良い。二度とない事と、欲張って片端から見る。
子供の頃からの夢を叶える選手。
度重なる怪我を乗り越えて競技に挑む者。
二人三脚でメダルを目指して来た親子鷹。
その努力と苦労が、すべての選手を輝かさせる。何よりも競技後、選手達の口から発せられるのが一様に自分への称賛ではなく、支えてくれた家族への想いや、周囲の人達への感謝の言葉であるのが見る者の心を打つ。
気付くと“あっ”という間に閉会式の日を迎えており、アスリート達は世界中に汗と涙と感動を残し、私に勇気と希望を与えてくれていた。台所には大量のビールの空缶も。
思えば、私の母は生活がどん底の時にも日常に小さな幸福を見い出せる人であった。辛い時ほど子供達に笑って見せた。そろそろ私も涙を拭いて立ち上がる時だ。
それを母は心から望んでいる事だろう。
「もう、秋の虫が鳴いているよ。」帰宅した夫が靴を脱ぎながら言った。どうやら、めそめそしている間に秋がそこまで来ていたらしい。“ふっ”と子供の頃、家族で通った国道添いの空き地を思い出していた。
そこに、ゆらゆらと秋桜の花が咲いていたことを。その花びらは、母の好きな色をしていた事を・・・