「 夜の来訪 」
西田 昭良(横浜市)
夏の夕刻、外の夜景が深さを増す頃、いつもの来訪者が姿を見せる。
「それ、お出でなすった」と妻が告げると、私は箸を止めて急いで台所のガラス窓に寄る。
透き通るような白い肌も露わに、小さな楓のような手足をガラスにぴったりと吸いつけ、垂直の舞台を所狭しと駆け巡る二匹のヤモリ。きっと窓のすぐ下の茗荷畑に棲んでいるのだろう。去年と同じ妖精なのか、あるいはその子供か。
尻尾を妖艶に動かし、相手を挑発するような仕草をする方がメス(いやオス?)なのか、少し小さいが、浅黒く、あまり物おじしないようなのがオス(いやメス?)なのか。
最初は彼らの目的が何なのか定かではなかったが、やがてそれは、ガラス窓の光を求めてやってくる小さな虫であることが判明。時にはヤモリの頭ほどに大きい蛾も飛んで来る。
舞台は一見優雅だが、そこで展開される演目は、アフリカのサバンナで繰り広げられるような弱肉強食の狩猟劇。
そっと虫の下の方から近づく。あ、また逃げられた。あ、今度は上手にパクリだ。大物になると、ゴクリと喉から食道を通り、見事に胃に収まるまでの過程が透けて見える。女房と二人は、自分たちの餌もそっち退けにして、毎夜、見事な共演に心を奪われるのだ。
見入る私の脳裏に、ふと或る危惧が横切った。それは、数を増し、時には台所の中にまで浸入してくるアリやダンゴ虫を駆除するための殺虫剤。屋外に散布するのだが、もしやそれがヤモリの健康に大きな害を及ぼしているのではないか。
そう思うと居てもたっても居られなかったが、もう、覆水盆に返らず。翌日からは散布は中止。少しくらいアリが侵入しても我慢しろ、と女房説得に努める。
目先ばかりにかまけて、周囲や将来を見据えないで我が悪癖を是正せよ、ヤモリは優しくとも厳しく指摘してくれるのだった。