第 3365 号2013.07.21
「 アイスコーヒー 」
朝居 翔子(ペンネーム)
学生時代、とても好きな人がいた。
会えば、いつもひたすら東京の街を歩いた。
九段下から神保町に出て、本郷から上野まで。
日比谷から皇居、北の丸公園を通って、千鳥ヶ淵。
神楽坂から江戸川橋へ抜け、目白台から早稲田へ。
20歳そこそこの若さゆえか、一緒にいられるのが嬉しかったせいか、不思議なくらい、どこまで歩いても疲れなかった。
あたたかい季節になると、長く歩いた後はのどが渇いて、決まって街の喫茶店に入る。
彼は、そんな時いつも、アイスコーヒーを頼んでいた。
そして、コーヒーが来ると、横に添えられたミルクを、ためらわずたっぷりと注ぐ。
すると、ミルクはきれいなマーブル模様を描いて、ゆっくりコーヒーと二重になる。
「おいしそう」
私も真似して、ミルクを注ぐけれども、なぜか私のコーヒーは白く濁るだけで、ちっともおいしそうにならなかった。
あれから、10年が過ぎた。
お互い、別の人と結婚した今は、昔のように二人で会い、街を歩くことはない。
それでも、時々アイスコーヒーが飲みたくなることがある。
久しぶりにあの頃に行った店を訪ねた。
駅の近くの喫茶店は、椅子のカバーが真新しくなっただけであの頃と変わらなかった。
アイスコーヒーをひとつ頼んで、彼がそうしたように勢いよくたっぷりとミルクを注ぐ。
だけれども、私のコーヒーには、やっぱりあのきれいなマーブル模様ができないのだった。