第 3364 号2013.07.14
「 海の音 」
渡会 雅(ペンネーム)
四十数年ぶりの高校の同窓会、
妻が髪を亜麻色に染める。
誰のために染めるのか、私には分からないのだが……、
少し若返った妻を見直しながら、
昔、『亜麻色の髪の乙女』というフォークソングがあったことを思い出す。
白い花束を胸に、
丘を羽根のように駈けて来る乙女の髪を、
風がやさしく包む一確かそんな歌詞だった。
高校時代、
初恋の少女と黄昏れる海を眺めながら、
私はその歌をよく口ずさんだものだ。
ある日、港の突堤に肩を寄せ合って座った二人に、
一陣の風が吹いて、彼女の長い髪が私の顔をかすめた。
払いのけようとした私の手に、
今でも残る柔らかい髪の感触。
そして、そのとき露わに見えた彼女の桜貝のような耳、
今でも乙女の美しい耳を見ると、私には海の音が聞こえる。
「行ってきます」
いそいそと出掛ける妻の亜麻色の髪に、
潮風など吹かないけれど、
妻の耳を見ても、
海の音など聞こえないけれど、
それでも、何となく平凡な幸せを感じる私がいる。