第 3349 号2013.03.31
「 うちの花園 」
T N(ペンネーム)
還暦が過ぎ、春が来て、うちの狭い庭を広げた。
うちは中古の家を買ったもので、庭に池が作ってあった。
蚊がわくからと、池を壊し、土を入れ、妻が庭木の間に、自分の好きなアジサイ等を植え殺風景な庭だった。
私は、この三十年、庭を見て四季の変化を感じた事は一度もなかった。仕事が忙し過ぎた。
私は定年になり、花を愛でる余裕がうまれた。
思い出した。私はナデシコが小さい頃から好きだった事を。
花園で、紅白のナデシコ、黄色いエニシダ、ブルーデージー、紫のムスカリを買い、培養土を入れ、苗を植えた。
桜が散り、うちの庭がいっせいに、騒ぎ始めた。色とりどりの花々が蕾を広げ始め、まるで秘密の花園のショーの開宴である。
朝起きて、窓を開け、花の生きる姿を見ていると、時を忘れる。
妻が植えていたクレマティスが青紫の花弁を広げ、ゼラニウムが薄いピンクに咲いてきた。
「一体、何だったのだろうね、この三十年」私が呟くと、「三十年があったから、今があるのよ」と妻が言う。
「気付くのに三十年もかかるなんてね、自然がこんなに綺麗だなんて、勿体なかった。」
「いいわよ、あなた。気付いたんだから。これからも、まだ長いわよ」
「これからも、庭を一緒に作っていこうね。よろしくお願いします」と、妻に軽く頭を下げた。妻も同様に下げた。
自然の四季の変化と、私達夫婦のこれからの有り様を考えた刹那だった。