第 3348 号2013.03.24
「 贈り物 」
出海 博史(香川県)
結婚する前のこと、妻から大きな小包が届いたことがあった。もう十年以上前になる。
当時、僕は松山に住んでいて、彼女は神戸で勤めていた。そして、よく手紙をやり取りした。ハガキや封書で、長いものからほんのささいなことまで、互いにいろいろな手紙を書き送った。返事を送れば、すぐ返信が来る。お互いに競い合うようでもあった。
そんなやりとりが続くある日、大きな小包―ダンボール箱が届いたのだった。
春の始め、まだ肌寒い頃である。
帰宅すると、玄関脇にダンボール箱がどんと置いてあった。両脇に力を入れて持ち上げたが、拍子抜けするほど軽い。いったい何が入っているのだろう。お届け伝票の品名欄にはそっけなく「書類」と書かれているだけだ。
興味津々で開けてみると、大きな透明のナイロン袋が二つ。風船のようにぱんぱんにふくらんで、入っている。
驚いた。そして、やられた、とも思った。
神戸の空気をどうぞ。
ひとつは会社のサンプル室にて。もうひとつは会社の前の路上で採取しました……
と書かれた短い手紙が添えてあった。
彼女が休憩時間に、社内や通行人の行き交う街路で、ナイロン袋を右へ左へと振り回して無心に空気をあつめている姿が目に浮かんで、少し笑いが込み上げてきた。
僕はナイロン袋の口を開くと、その中にそっと手を差し入れた。神戸の空気は、ひんやりとしていた。
空気の贈り物に対して、僕がどんな返事を書き送ったのか、もう覚えていないが、ひんやりとしたひとかたまりの空気は、僕に言いようのない嬉しさを贈り届けてくれた。
妻からの思いがけない、そして不思議な贈り物であった。