「 東京の町 」
(匿名)
隣に座っているジャンさんは、フランス・パリ出身。毎日きっちり同じ時間に出勤し、
「お疲れ様です」と入ってくる。まだ来日1年足らずということが信じられないほどに、日本語をマスターし、かつ「尊敬」「献上」「丁寧」などの精神もすっかり身に着けている彼。けれど、時々、わからない日本語について私に尋ねてくる。
「あのー、愛しいってどういう意味ですか?」
「愛しているって感じだけど…ちょっともっと気持ちが苦しいかんじかなあ?」
「苦しいのですか?」
「いやぁ、あーもう好きでかわいくてしょうがない!伝わらないかなこの気持ち!って感じで、モゾモゾしたくなる気持ちですかねー」
「あーなんとなくわかりました」
白い手帳を取り出し、必死に書きつけるジャンさん。私のこんな解釈でいいのか?と思うが、まあ、間違っているってこともないだろうと思うことにする。
ジャンさんは、白い手帳に知らない単語を書きつけるのと同じ頻度で、窓の外を眺めている。何かあるのかな?と思って私も外を見るのだが、別段かわったものもない。下町の密集した家々が見えるだけだ。
「ジャンさん、何を見ているんですか?」
「ああ、町です。東京は本当に面白いですね、バラバラな建物、だけれどそれが美しい。パリよりも面白いと思います。」「え!パリよりもこんな統一感がなくって、すぐに壊されたり、新しく建ったり、そんな街並みが美しいんですか?」
「はい、次はどんな建物が建つのかわくわくしますね。それに、神社とか、お寺は絶対に壊さない。すごく面白いです。」私も、そんなもんなのかなぁと思いながら一緒に窓の外を見てみる。
夕日に照らされた、相変わらずの街並み。高かったり、低かったり、丸かったり、四角かったり、協調性のないビルや家。でもそんな町がきれいだ、というジャンさんがいる。そして、もしかして、そうかも、きれいなのかも、と思う私がそこにいた。