「 息子の大冒険 」
中村 吉克(大田区)
小学校5年生の息子が「自転車旅行に行きたい」と言ったのは3月上旬。聞けば、友達5人で鎌倉まで行き、おいしいものを食べて帰ってきたいと…。突然目覚めた冒険心にあ然としながらも、妻と目配せし「好きに行ってきたら」とGOサインを出しだ。
意を決して相談したわりには、あっさりOKが出て、息子としては、うれしさよりは戸惑いの表情。まだまだあどけなさが残る11歳の息子の顔を見て、大丈夫かなと心配になった。
それでも翌日から、区立図書館で旅行雑誌の鎌倉特集を借りてきて研究を始めた。「往復のルートは?」「江の島の名物ランチは?」などなど。さらには「おこづかいが足りない」と言い出す始末。仲間とは入念に打ち合わせを重ねたようで、自信満々の表情だ。
予定を聞けば、朝6時に出発し、3時間で鎌倉に到着の予定。大仏と対面し、昼食は江の島で海鮮丼。帰りにお土産を買い、あえて行きとは違うルートで帰ってくるとか。
出発の日の朝。不安な表情ながらも気丈に「行ってきます」と胸を張る息子に、「せめて明るいうちに帰ってこいよ」と言いながら500円玉を握らせた。予想外の臨時収入に満面の笑みの息子。心からの「ありがとう」の言葉にほろりと涙ぐむ。
決行日は平日だ。わざわざ息子の冒険旅行のために会社を休むわけにもいかない。「いま鎌倉に着いたらしい」「これからお土産を買って、帰るんだって」などと自宅待機の妻からメールが入る。
心配ないだろうは思いながらも、やはり早めに仕事を切り上げ帰宅すると、「帰りに迷ったみたい」と不安気な妻の顔があった。
待つこと3時間。午後10時を過ぎたところ、「ただいまー」の声が。玄関を開けると、どことなく恥ずかしそうな、そして疲れ切った息子がいた。「頑張ったな。寒かっただろう」と抱きしめると、「別に」のクールな一言。「試練」を乗り越え、見違えるほどたくましくなった姿を見て涙がとめどなく流れた。