「 毎度、魚屋です 」
元気(ペンネーム)
「毎度、魚屋です」いつもカウンターの中にいる大将の姿がない。
「注文の魚持って来ました」
すると、奥から「そこに置いといてくれ」と、声がしたので
魚を置いて奥に行くと、丸椅子に背を丸めて座っている大将がいた。
体調でも悪いんですかと聞いても、何時もの活気のある返事は返ってこない。
大丈夫かなと思いながら、「魚、置いときますよ、毎度」と言って帰ろうとした時、
「店、閉めようと思うんや」
実はこのお店、地域でも老舗の寿司屋さんで、新鮮なネタと大将の人柄は、定評のある繁盛店である。
その店を閉める?「急にどうしたんですか」と訪ねると、
昨日、家族連れの客が来たんだ。ご主人と奥様は上にぎりを、そして5年生くらいの息子は、エビ・マグロ・玉子を注文してくれた。
それで、まず御夫婦に中トロを握って差し上げたら、奥様が「こんなに美味しいマグロ初めて」と大喜びよ。御主人はそうだろうという顔で中トロを堪能してたよ。
そして、すぐに息子に赤身を握ったら、一口で食べたけど、いい顔をしないんだ。
そして、エビ・玉子の順番に握ったけど手をつけなかった。
どうしてだろうと思い「ワサビ入れた方が良かった」と聞くと
奥様が「この子はワサビ駄目ですから」とすかさず言った。 御主人が「どうした?」と聞くと、小さな声で「パパ、ここのお寿司温かいよ」と子供ながらに申し訳なさそうに言うんだ。すると、奥様が慌てて「すいません、何時もスーパーの冷えた寿司ばかりなので」と俺に、頭を下げた。
時代の流れには、逆らえないのかなと思ったよ。
この子が悪い訳じゃないんだ、でも、この子たちが今から大人になるんだから。
すると、俺たちの様な寿司屋はどうなるのかなと不安になってよ。
その話をしてから半年後、大将は店を閉めた。半年間悩んだんだろう。
そして最後の日、大将が屋号の入った湯呑をくれた。
雪もちらついてきた。僕はその大切な湯呑に熱いお茶を入れて、体を温め、今日も、魚の配達の準備をしている。