第 3290 号2012.02.12
「 沈丁花 」
児玉 和子(中野区)
題は忘れたが、締め出しを食った放蕩息子を題材にした落語がある。
向かいの家の小町娘も、夜を更かし、締め出されて、放蕩息子と、小町娘が事情を話し合う場面がある。
「俺はもっと早く帰るつもりだったのに、締め出しを食っちゃった」
「私もカルタを取っていて、締め出しを食べちゃったのよ」「締め出しを食べちゃった。は無いだろう」
「だって、女ですもの、食っちゃったなんて言えないわ」
そう言われると、慣習語、熟語、格言、ことわざの類に、女は口にしにくいものが多い。
蛙の面に小便。蛙の面に水とも言うが、面や小便は言いにくい。
百日の説法屁ひとつ、屁とも思わない、屁をたれて尻隠す。子どものころ取ったイロハかるたでおなじみだが、大人になると口にしにくい。若い女性はなお更である。
『沈香も焚かず屁もひらず』の沈の字は、音がチンなので素直にチンと呼んでしまう人も時々いるが、沈香は、沈丁花科の常緑樹から取った香料で、優良品は茶席などで珍重される伽羅である。
女は口にし難いことばが多いといいながら、私はいろいろかき並べてしまった。
それというのも、庭の沈丁花が、まだ一月というのに、春に備えて固いつぼみをつけているのを見つけ、思いつくがまま書いてみた。
沈丁花は私の好きな花である。私には、この花が大好きという友人が二人いる。
沈丁花は、春が待ちきれないように、二月の末には馥郁たる香りを漂わせて咲く。
「ちンチョウゲ咲いた?」二人は別々の友人で、別々の日に来るのに、申し合わせたように、ちンチョウゲという。最初にあっさり訂正すればよかったのに、今となっては間が抜けて言いにくい。
今春も二人の友人は、ちンチョウゲをとりにくるに違いない。
私も黙って、じンチョウゲを切ってあげるに違いない。