第 3289 号2012.02.05
「 七転八倒 」
うさ子(ペンネーム)
「これ、会った時に渡そうと思ってて」久しぶりに再会した友人が手にしていたのは、私の短文が掲載されている本だった。もう10年以上も前、ある出版社が父親への思いを綴った文章を募集したものに応募したものだ。その本を購入してくれていたこと、そしてわざわざ持ってきてくれたことがうれしくて、私は思わず彼女に抱きついた。彼女とは教師時代の同期。新任教師として生徒と悪戦苦闘していた時、愚痴を聞きあったり励ましあったりして何とか苦難を共に乗り越えた仲だ。激高しやすい私と穏やかな性格の彼女とは正反対。だがそれが良かったのだろう。その後も人生の岐路に立った時、連絡を取り合ってきた。そんな彼女のご主人が数年前にうつ病を患った。静かで、でも確かな彼女の愛情が、ご主人を支えてきたが、闘病が長引くにつれ、彼女も愚痴をこぼすようになり、そんな時はこれまでの恩返しをするように、私も彼女の話に耳を傾けてきた。が、先日の彼女の話には、私の方が癒された。2時間腹痛で七転八倒し、「ああ、時間を無駄にした」と嘆いた彼女に、「君は時間を無駄にしたのではなく、2時間闘っていたんだよ」と、ご主人がおっしゃったそうだ。そっか、人生に無駄はないんだね。私達は、なぜだかしばらく笑い転げた。