第 3288 号2012.01.29
「 妻の名セリフ 」
川口 健太(横浜市)
「あっ」
2歳の娘の相手をしていると、台所から妻の声が聞こえてきた。次の言葉が続かないので「お鍋でも焦したかな」と考えて、娘とぬいぐるみの会話を再開したけれど、その後の静けさがどうも気になる。どこか緊迫感を含んだ沈黙なのだ。
僕はぬいぐるみに「抱っこー」と言わせて娘に押し付けてから立ち上がって台所に向かった。すると、食器の水切りカゴを両手に持って、妻が真剣な面持ちで台所からパタパタと飛び出してきた。そのただならぬ気配から、僕はすぐに状況を理解した。僕は口の動きだけで妻に尋ねる。ごきちゃん?妻はこくりと頷き、台所を指さす。僕はそっと台所に入る。
そいつは水切りカゴのあったところでじっとしていた。隠れるものがなくなってしまったので、戸惑っているように見える。僕は急いで新聞紙を固く丸め、振りかぶって息を止めた。一閃。そいつは床に落ちた。とどめの一撃。勝負あり。 「ありがとう」。空気が緩み、妻が声を出した。「腕が上がったみたいだ」と僕は応じ、二人で笑った。それにしても、咄嗟にカゴをどけたのは良い判断だった。結婚当初、彼女は悲鳴を上げて逃げてくるのが精一杯だったのだ。僕は褒めると、妻は少し得意げな顔になって言った。「相手に頼るだけじゃなくて、自分のできることをやる。それが結婚生活だよ」。
そんな大げさな言い方がおかしかったけれど、協力して「大事」を成し遂げた後だけに、妙に納得がいった。ごきちゃんには悪かったけれど、夫婦のコンビネーションを確認して、結婚生活のあり方にも思いを巡らせた、意義深いひとときだった。