第 3281 号2011.12.11
「 漢字大作戦 」
しっぽな(ペンネーム)
『お母さん、この成績のままですと息子さんが入れる高校は少ないですよ』重い空気の三者面談で息子の横顔に精気はない。
このままではまずい。心身共に健やかに育った息子だが勉強嫌いはこの年まで変わらない。
特に冬休みの息子は布団にくるまる『巨大なめくじ』なのだ。
『せめて漢字の書き取りだけでもしたら?』『嫌だ面倒くさい』そう言うなり掛け布団を頭からかぶる。
こちらに言いたい事は山ほどある。しかし『母ちゃんも一緒に勉強するよ』つい口がすべってしまった。
家事の合間にダイニングテーブルにすわり、勢いでしかも見栄をはって購入した大学レベルの漢字問題集を開く。
リビングのソファーに横たわる例のなめくじを背中に感じつつ、私は見たこともない四文字熟語や同音異義語の羅列を目で追う。
細かい文字がかすむ…ぼやける…母が老眼鏡をかけ始めたのはいつだっけ?私もそんな年になっていた事に初めて気づく。
『君の電子辞書貸してね』とわざと声をかける。難解漢字を拡大して表示してくれる心強いミカタなのだ。
しばらくすると背中の方にかすかな動きを感じた。
次の瞬間息子が小さなため息とともに私の隣に腰掛けた。手には入試問題集を持っている。
『俺も電子辞書使うから隣で勉強するよ。』
『ふぅーん』返事をするより早く私は心の中でカッツポーズを決めた。
ゆっくりと時間が流れ、コツコツ二本の鉛筆の音だけが響く。そこで彼の競争心をくすぐるようにタイミング良く電子辞書を横取りする。更に時には取り合いをすることも効果的なようだ。
真新しい制服に身を包む春の日には肩でももんでもらいましょうか。
私は今日も密かに『作戦大成功』の日を確信している。