第 3267 号2011.09.04
「 ニラの花 」
児玉 和子(中野区)
禅寺の寺門の傍らにある戒壇石には『葷酒山門に入るを許さず』と刻まれている。
わが家は禅宗なので、壇那寺に詣でるたびに目にする。
蛇足をくわえるなら、葷とはニラやネギなどの臭いの強い野菜を指し、酒は文字通り酒である。つまり酒や野菜の臭気を漂わせて山門をくぐってはいけないということである。
などと抹香くさい話からはじめたが、私はニラの花について書きたかったのである。
きのう、昼食の惣菜に、かに玉ふうの卵料理を作ったが、ネギがなかった。思いついたのがニラだった。庭に出るとプランタに植えたニラは、青々と茂っていて、そのところどころで白い花が咲いていた。油かすを肥料とした自慢の無農薬野菜である。
ひとり暮らしの私は、一握りで充分なので、数回にわたって刈り取る。はじめに戻った頃は最初に刈り取られた根から、一人前に育ったニラが茂っている寸法である。
一握りのニラをキッチンに持ち込んで見ると、十数本の花が混じっている。
すっと伸びた茎の先に、白い六弁の小さい花がひと塊となって咲いて、まるで花かんざしを見るようだった。私は細長いグラスに活けた。
なんとも清楚で美しい。そうだ、こうした素朴な花が好きだった夫に供えよう。そういえばこのところ花を絶やしている。私はいそいそと仏間に向かいながらふと気づいたのが前述の『葷酒山門に入るを許さず』であった。
首をすくめるような思いで引き返しながら、私には夫の声が聞こえた。
「おいおい、うちは禅宗だぞ、選りに選ってニラの花はないだろう」
ニラの花は今、居間で私を楽しませてくれている。