第 3261 号2011.07.24
「 夏の夜の出来事 」
増田 和子(横浜市)
「これ貰ってもらえますか」
それが私に向けられた言葉だと気がつくまで暫く時間がかかった。
熱帯夜の続く暑い夜、駅の改札でのことだった。
「アパートに持って帰っても、昼間締め切りなのですぐにダメになってしまうと思って・・・・もし良かったら貰ってください」
差し出されたのは、カーネーションとガーベラが数本束ねられた花束だった。
突然の事で、宗教の勧誘か、詐欺か、まさか親子以上年の違うナンパでもないだろうにと頭の中を巡ったが、よく見ると彼はなかなか礼儀正しいし感じもいい。おまけに洋服のセンスも良い。すっかり安心してしまった。
服装と持っている紙袋から、どうやら結婚式の披露宴で引き出物と一緒に渡されたテーブル花のようだった。
「ありがとう。でもいいのかしら?」そう言うのとほとんど同時に目の前の花束を受け取っていた。
「よかったです。せっかく貰ったのにもったいないし・・それに花なんて入れる物もないし」と人なつっこい笑顔でそう言ったかと思うと、ペコンと頭を下げて改札の外に消えていってしまった。
狐につままれたような気分だが、手元には花束が残っている。
早速家に帰り、ガーベラを細いガラスの一輪挿しに活けて、ダイニングテーブルの真ん中に置いた。88才の父と私たち夫婦の生活には久しぶりの華やいだ色だ。
真夏に結婚式を挙げた名前も顔も知らない新郎新婦の幸せと、それを私たちに分けてくれた彼にも良い伴侶が見つかるようにと祈りつつ、花を肴に飲んだビールの味は格別だった。