「 スイトピー 」
(匿名)
スイトピーが届いた。九州に嫁いだ姉からだ。
ダンボールを開けると、半分しおれたスイトピーが、新聞紙に包まれていた。
新聞紙の上には二つ折り便箋があった。
杏奈へ
体調はどうですか?
昨日お義父さんの畑へ行ったら、スイトピーが綺麗でした。
杏奈にも見せてあげたいと思って摘んだので、送ります。
しおれていたら、水切りをしてみてください。
副産物のアブラムシつきですから、顔を近づけると危ないかも。注意!
by詩織
母は私を押しのけるようにして、ダンボールからスイトピーを取り出した。湿気を含んだ新聞紙からはみ出した花びらが、私の左頬をかすめた。
インクの匂いに混じって、青くささと、ほのかな甘みのある匂いがした。母は、庭から摘んできたマーガレットと一緒に、スイトピーを活けた。
「しおれていたら、水切りをしたらいいって」
「じゃあ、あんたがやる?」
「…やめとく」
一ヶ月前、事故に遭った。仕事で車を運転していたら、いきなり後ろからぶつかられた。
後ろの車はスピードを出していたようで、私の軽自動車はトランクルームがつぶれてしまった。
当日の検査では骨折など大きな怪我はなかったが、翌日は痛みがひどくなった。
それでも、正直、ここまで長引くとは思っていなかった。
頭痛、腰痛、手足の痛み、耳鳴り……ようやく布団から出られるようになっても、1~2時間もすれば痛みがひどくなり、布団に戻ることになる。
姉から送られてきたスイトピーは、白、薄紫、濃いピンク、赤紫、濃い紫、と色とりどりで、力強く、野生の力を感じた。
半分しおれていてもこれほどなのだから、太陽のもと、畑に植わっていた時にはどんなにか生命力にあふれていたに違いない。
ダンボールの底では、黒い斑点のようなアブラムシに混じり、一匹の蟻が、巣穴を探してそわそわと行き来していた。
庭に放してやろうか。
遠く離れた東京の地、スイトピーのないこの庭でも、この蟻はきっと生きていけるに違いない。