「 花嫁 」
藤瀬 恵(ペンネーム)
夕方の台所で、青菜を刻んでいる時などに口ずさむ歌が、春を迎えると、いつものアニメソングから、懐かしいフォークソング、「花嫁」に変わる。自分が結婚した季節だからであろう。この春も、祝福を受けたり、悲しいことに受けられなかったり、夢いっぱい、反して不安いっぱい…様々な思いを胸に、どれだけの女性が結婚して行ったのであろう。歌の方の「花嫁」は夜汽車にゆられ、嫁いでゆく。故郷でつんだ野菊をブーケにして、海辺の町へ急ぐ彼女…私はこの歌の主人公に、ある女性がいつも重なるのである。私より二才年上の真理子(仮名)さんだ。彼女は洋裁学校を出て、さるアパレルメーカーに勤務していた。そんな彼女が夫に選んだのは海の男だった。おしゃれだった真理子さん、「ゴム長はいていりこ干すのよ」…と笑顔を見せていた。真理子さんならずとも、大海にこぎ出だす小舟のような思いで結婚していく人は少なくないだろう。私もそんなおももちで結婚生活に入っていった一人だ。私は下関の魚市場に店を出していた商店の一人娘だった。その上我家は永らく父子家庭世帯だったので、しっかり者の母親がいる家庭とは異なり、金銭感覚などは父親の気質を受けついで少々大ざっぱかつ大らか…家事の面は、幼い頃から教え込まれてはいたけれど、父親仕込みだったので、新婚の頃は、同居の義母を相当驚かせたらしい。しかし私にとっても初めてかいま見た母と息子二人きりのサラリーマン家庭の実態は、驚きの連続だった。一番面くらったのは、ハードなハードな節約生活だった。お約束の「嫁姑バトル」も経験し、十二年前に義母を見送った。
今日も台所で「花嫁」を口ずさむ私。現代の結婚にまつわる歌にはどんなものがあるのだろう。その歌も、また二十年くらいしたら、どこかの元花嫁さんが、夕方の台所で、慣れた手つきでお料理しながら、懐かしく口ずさんだりするのだろう。