第 3245 号2011.04.03
「 父と二人旅 」
ウイスキーボンボン(匿名)
飛行機の小さい窓からじっと父は外を見ていた。
視線の先には、庄内空港の送迎デッキで92才の叔母といとこ夫婦が手を振り続けていた.
87才の父と二人で桜が満開の酒田に来たのは、「いちど墓参りに行きたい」と父が言ったことから、「行ける内に一緒に行こう。あと何回いけるだろう」そんな思いが私にあり、二泊三日の旅が実現したのだった。
父方の親戚とはほとんど行き来がなかった。
子どもの頃、東京の我が家に何回か酒田から親戚が来たが、なじみのない東北弁に気後れしていつも隅の方でじっとしていた。
また、建築現場で働いていた叔父が時々酒を飲んではやって来た。そんな時は必ず付き馬が一緒で、母が飲み代を払い「いつもすみませんね」と言って、酒臭い息で母に頭を下げているのを見て父方の親戚を嫌っていたのだった。その叔父も鬼籍に入り随分たつ。
そしていつの間にか私自身も還暦に近づいてきた。
初めて参る祖父母の墓。いつまでも手を合わせている父。
鳥海山の見えるこの地で営まれた先祖の人々の生活、そして脈々と引き継がれてきた命。
庄内平野のこの一角に間違いなく私の命の源が有ったと思うと不思議な感動が湧き上がり、何とも言えない懐かしさで胸がいっぱいになった。親孝行をしたつもりでいたが「来て良かった」と素直に思った。
昨夜、思い出話に言葉を詰まらせながら話をしていた父だが、今は黙ったまま外を見続けている。
上空から見える大地は所々桜色に染まり、雪を被った鳥海山の神々しいほどの美しさ、それを目に焼き付けているのだろうか。
短い旅は終わろうとしていた。