第 3240 号2011.02.27
「 無題 」
三宅 みえ子(豊島区)
40年以上も前、私も若く、息子達も幼く、世の中も今程豊かではなかった。
何かの用事でデパートへ行った折、少し疲れ喉も渇いてひと休みしようと思い食堂へ。テーブルが一杯並び家族連れで賑わっていた。何故かあまりお金の無かった私は子供達の飲物だけ注文したところ長男に「お母ちゃま、どうして飲まないの?」と聞かれ、咄嗟に「お母ちゃまはノドが渇いていないのよ」と云った。
当時、世間の父親達は今と違い会社人間といわれ、我が夫も仕事が終わっても付合いと云って真直ぐ家に帰ることなど滅多に無く、酔っては夜半に客を連れて来るということは毎度のことであった。子供達の誕生日も大概母子三人。手作りケーキとささやかなご馳走、けれどもプレゼントまでは手がまわらず苦肉の策が、広告のチラシを沢山切って篭に入れ「お誕生日おめでとう!」の紙吹雪であった。思いの外、息子は大喜びをしてくれて、次回もリクエスト。本人は忘れているかも知れないけれど、私のうれしい思い出。若い母親の未熟な子育てで、今も胸にチクリと反省も多々あるけれど、彼等は何を覚えているだろうか。願わくは楽しい思い出だけどいいなと勝手に思う。今は各々父親となり幼い娘達の子育てに熱心でその姿を見ていると隔世の感があるけれどこれで良いのだろうと思う。
そして私は退職後の夫と時々訪れる欧米の国々で立派なお城や教会を訪れるより、街角のカフェで異国の人々に混ざり道行く人を眺めたり食事やお茶をしたりするのが大きな楽しみとなっている。今と違ってあの当時は考えも想像すらもしなかった世界が私を待っていてくれた。