「 1日ひとつの、新しいこと。 」
Miki(ペンネーム)
2002年夏、東京-パリの機内。
初めての留学。不安と希望で、私はとても複雑な表情をしていたと思う。そんな私に、隣のマダムが話しかけてきた。優雅なフランス語なまりの英語がとてもエレガントだ。
「パリに、何をしに行くの?」と、マダム。「勉強。」と答えると、彼女は微笑みながら言った。「それだけ?」。それだけって?そのためにパリに行くのに!……声にならない思いがぐるぐる回る。黙りこくる私に、彼女はくり返す。「それだけ?」
パリまで12時間。私の頭の中は、彼女の言葉でいっぱいになった。人生で一番長い沈黙の中、質問への答えを探す。到着1時間前。私は、乾いた唇を開いた。「何でもいい。毎日必ずひとつ、新しいことをしようって思うの。」言い終わらないうちに、彼女の顔が輝いた。「C′est une bonne idèe!(それって、とてもいい考えね!)」。思わず飛び出したフランス語が、彼女が心からそう思っていることをあらわしていた。「1日ひとつ、新しいこと。」ノートにそう書き留めると、心には希望だけが残った。
それから1年。自分との約束を守り続けたパリ生活で、私は本当にたくさんのものを得た。数え切れないくらいオペラやバレエを観て、世界各国に友人をつくり、ヨーロッパ20都市をトランクひとつで回る大冒険をして……!毎日、小さく凝り固まっていた自分が音を立てて崩れていくのがわかる。漠然と時間を過ごしてしまいそうな時は、必ず約束を思い出した。
飛行機での偶然の出会いが生み出したヒトコトの小さな約束と、その結果おとずれた大きな変化。帰国後も約束を守り続け、たくさんの「新しい」を経験して、いま、私は、あの夏の日に夢みた自分に近付いている。今日も私は自分との約束を守る。「1日ひとつ、新しいこと」。それは、シンプルだけど人生を変えてくれる特別な方法だから。