「 笑う小骨 」
佐藤 圭多(目黒区)
「スタンプが貯まったので、お好きな定食をサービスします」と店員は言った。そうですか。それは有難い。じゃあ「本日の魚定食」を1つ。軽やかに始まったこの日の夕飯は、中盤を少し過ぎた頃、ある異変を迎えた。小骨が喉に刺さったのである。
魚というものはそもそも身体の大きさに対して骨が多すぎると思う。背びれのすぐ下辺りなんかは時としてビッシリと小骨で埋められていたりして、「こんなところにも食べられるところがあった。しめしめ」などとうっかり口に含もうものなら、口の中でてんで好き勝手な方向にバラけ、まるで線香花火でも食べている様な感じになる。
そういう心得のある私の喉に、またも骨を突き立ててくるのだから魚というのはまったくあなどれない。しかも普段意識することもないような奥の奥、チクリをいう違和感がずっと拭えない。
こんな時、日本人なら誰もが知っている唯一にして偉大な方法にトライすることになる。私は茶碗に残った全ての白米をかき集め、一気に口中に放りこみ、飲み下した。白飯たちは一致団結し、ゆっくりと、しかし確実な足どりでもって喉の内側を一掃していく。米と一緒に固唾も飲みながら御一行の通過を見守る私。果して無事に見送りを終えて、安堵の息をつこうとしたその瞬間、チクリと身に覚えのある痛みが蘇った。あざけ笑うかのような小骨に完敗を喫した私は、がっくりと肩を落として定食屋をあとにした。
二日経っても違和感が消えないので、いよいよこれはどうにもならないと病院に行く。
「ああ たまにいるねえ、魚の骨が刺さったって来る患者さん」
「そうですか」「はい、口開けて」
しばらく喉を覗きこんだ後、一言
「もうないね」「えっ?」「ないよ」
「だってまだ痛いんですが…」
「傷が痛んでるだけ。骨はもう取れてる。はい、おつかれさん」
「はぁ…」
良かったような、腑に落ちないような、半端な顔をして窓口へ向かう。
「1050円になります」
その金額は、スタンプで無料になった魚定食と同じ値段であった。