「 食いしばらないでいこう! 」
中山 麻子(足立区)
先々週から整形外科に通っています。指のしびれの治療です。頚椎が圧迫されているそうで、ビタミンを飲みながら首の牽引を続けています。パソコン講師という職業柄、マウスを使いすぎてしまったのが一番の原因でしたが、姿勢の悪さや老化なども遠因にあるようです。
「まあ、1~2か月通ってみてください」と、医師。「気長にね」と、薬剤師。すぐに治らない病気が、これほど気落ちするものだとは思いませんでした。怪我をしたら絆創膏を貼るように、風邪をひいたら薬を飲むように、過程のわかり易さ、見通しのつき易さしか知らずに40年も過ごしてきたせいでしょう。いつ治るんだろう、という不安は、本当に治るんだろうか、という怖さにつながっていきます。見かけだけは変わらない指をながめながら、これまでの生活を後悔したり、今後のあれこれを考えたりして、ため息が出ます。
ある日、首の牽引後、歯の噛み合せがおかしくなりました。これは大変!と、いつものようにせっせとインターネットで検索し、あらゆる可能性を考え、次の治療日に医師に申し出ました。その日の担当は、いつもの先生の父上にあたるおじいさん先生でした。深刻な覚悟で訴える私に、
「歯、食いしばっていたんでしょう?」
顔を覗き込むように笑いかけます。
「力、入れなくていいの。一万円札を4枚ほど噛むくらいの感覚で。それでも痛くなったら言ってね」
先生の後ろにいた看護師二人が、同時にくすっと笑いました。
まじめな私は牽引中、ずっと一万円札を噛むイメージをがんばりました。そのうちだんだん可笑しくなってきました。気がつけば何事もなく終わっていました。
歯を食いしばっていたのかもしれません。治療中だけでなく、仕事でも、生活でも。
「治るときは薄紙をはがすように、なの」
亡き祖母が言っていたのを思い出しました。ぼんやりとしか覚えていないはずの台詞が、懐かしい声とともに、心にぴたりと飛び込んできました。