第 3234 号2011.01.16
「 「すみません」の使い方 」
林 幸子(大田区)
リビングの食卓には雑多なものが並んでいる。調味料のほかに、夫の郵便物が据わっている。収容箱からはみだして、はなはだ見苦しい。買い物のレシート、ダイレクトメール、個展の案内状、風邪薬、ボールペン、釣り道具。ついでに言うと、リビング全体が夫の私有物で溢れかえっている。絵の道具がリビングを侵略しているのだ。これをかたづけるべきか。いいや。私の所有物ではないのだから、おかたづけは本人にまかせるのが筋だろう。
食卓の上が書類でにぎやかになり、絵の道具が散乱してわたしの我慢が限界にきたとき、深呼吸をする。そして、「すみませんが、かたづけていただけますか」。あくまで、トーンはフラットに、なおかつ心穏やかに。余計なことはグッと堪えて、これだけにしておく。
案の定、動き出した。無言のままかたづけがはじまった。おもわくどうり。
「これ、オレのじゃないよ。余計なものここに入れないでくれる」
「あーら、すみませーん。ありがとね」
一件落着。食卓はすっきりかたづいた。これが、以前の私だったら・・・。
「ねぇ、いつになったらかたづけるの、食卓にグダグダ置かないでくれる!」
「言っておくけど、オレのもんばかりじゃないんだよ。これ誰のイヤリング、勝手に箱にいろいろ入れないでくれる」「悪かったわね」
「人のこと言う前に、冷蔵庫の中なんとかしろよ」
これでは些細なお口の闘いは終わらない。しかも。後味がわるい。
「すみません」で切り出して、「ありがとう」で締めれば、ものごと万事平和にかたづく。
「すみません」の使い方、もっと早く気づくべきだった。