「 王侯貴族を気取ったのに 」
児 玉 和 子(中野区)
昨夜の雨が師走には珍しい暖かい朝にした。
こんないい日を雑用で切りきざんで使ってしまうのは惜しい。気ぜわしい師走ではあるが「忙中閑あり」とも言う。
私は今日一日のんびり読書と決めた。
昼食は昨日の残りのちらし寿司を蒸し寿司にしよう。読書にあきたら熱いコーヒーをいれて一服。ケーキが一個残っていたはずだ。
計画しただけで私は王侯貴族の気分である。
だが俄貴族は、カキが少し残っているのを思い出した。カキは新しいうちに食べた方がいい。カキを入れたすまし汁も作ろう。
身についた主婦のやりくり根性は抜けない。
さて、いよいよ読書。読みたい本は溜っている。本棚の前で「えーと。あらこんなところに料理の本が…」
「捜していた英和辞書が…誰がこんな処に」と言いたいが私は独り暮らし、私が犯人だ。
その気で見渡すと、居場所を違えた本が随分目につく。この際整理して、スッキリした気分で読書しよう。
私は不法滞在の本を抜き出す作業に時を忘れた。本物の王侯貴族は、ベルなど鳴らして執事を呼ぶのだろうな、などと思いながら、本を抜き出す作業に没頭した。
空腹を覚えて時計を見ると一時半だった。
コンロ二つに火をつけ、蒸し寿司とすまし汁を同時進行で作った。「空腹にまづいものなし」の例え通りおいしい。にわか王侯貴族は残飯整理の成功に満足するのだった。
食事が済むと、ひと休みを省略して本棚の前に戻った。引っ張り出した本を片付けないと読書を楽しむどころではない。
執事も召し使いもいない王侯貴族は何かと忙しい。師走の陽をガラス越しに浴びながらの読書どころか、重労働になってしまった。
かくして日暮れを迎えた私は、すっきりと整理された本棚に満足し、何の抵抗もなく、台所に向かった。「さて、夕食は何に…」
私は王侯貴族の器でないことは確かなようだ。