「 アコガレのすみか 」
よしだなおこ(横浜市)
急行の停まらないJRのこの駅から実家まで歩いて二十五分。ベビーカーを押してだとプラス十分はかかるだろうか。
秋も終わろうとしているのに汗ばむような日差しが照りつける日、私はベビーカーを押しながら、はぁはぁと肩で息をし、急な坂道を登る。
おしゃべりができるようになったばかりの二歳の娘は、鍬を担いだ老人や不思議な形の木の実など、見慣れないもの全てに「これなあに?」「あれなあに?」とはしゃいでいる。
この地に父が家を建てたのは十五年ほど前だ。駅周辺にはぽつりぽつりと古い商店が並ぶばかりで、少し歩くと、決して綺麗とは言えない川の岸に、だだっぴろい田畑が広がっていた。
二十代前半の女子にこの地は刺激が無さ過ぎた。私はここに越してまもなく、親の反対を押し切るかたちで都内での一人暮らしを始めた。実家にはなかなか帰らなくなっていった。
あれから十数年が経ち、私は今、夫と娘と都会の小さなアパートに住む。娘は毎日狭い部屋を走り回り、うるさい!走らないで!と叫ぶ私の顔を悲しそうに覗く。そんな時、私は実家を訪ねたくなるのだ。あんなに嫌いだった場所を。
よれよれになって実家に着くと、娘はベビーカーから跳ね起き、一目散に広い庭に駆け出す。母が庭でとれたブラックベリーの砂糖漬けを出してきてくれた。「ねぇじいじ、おちゃしましょうよぅ。」ガーデンテーブルに腰掛け、笑顔満面の娘が父に言う。気難しかった父が初孫のかわいい誘惑に目じりを下げる。
夫のボーナスは今年はほとんど出なかった。郵便受けに放り込まれる不動産の広告を見ては、一生一軒家なんて買えまいと溜息をついていたけど、この辺になら、いつか家を買えたりするのかな。それもいいのかもな。
よく冷えたベリーを匙ですくい、放牧的な風景をぼんやり眺めながら、すがすがしい気持ちでそう考える私がいた。