「 アシナガバチとの共存 」
村松 ひづる(京都市西京区)
今朝、アシナガバチと目が合ってしまった。
数年前の盛夏、ベランダにアシナガの巣を見つけたが、おっかなくて見て見ぬふりをしていた。ある日、慌てて洗濯物を取り込もうとした際、どこかに潜んでいた一匹のハチに不意に肩を刺された。染み入るような痛みは翌日も続き、病院、ではなく保健所へと走った。
「ハチに刺されました!巣の駆除法は!?」
害虫の担当は先輩の男性職員。色気ばんで尋ねるわたしに、静かに答えた。
「アシナガは益虫。こちらが何もしなければ刺しません。どうか『共存』を考えてはいただけませんか?」
…諭すようなその口調に漸く冷静さを取り戻し、ハッとした。
悪いのは不注意だったわたしのほうなのだ。洗濯物の陰でせっかく休息をとっていたのに、わたしが毟るようにして引っぱって取ったものだから、きっと驚いて咄嗟に刺してしまったのだろう。
あまりの痛みに耐えかね、短絡的に巣の駆除を訴えに行った自分の身勝手さを恥じ、ハチの代弁者の如く忠告をしてくれた職員の寛容さに頭が下がる思いであった。
この世界は人間だけの生活の場ではない。あまねく生命を与えられた存在は皆、地球の歴史のうちのほんの刹那、その営みに「参加させてもらっている」にすぎないのだ。万物の霊長と称されるヒトも何ら例外ではない。全ての生き物は平等に、地球という超巨大なエネルギー体の微小な一部でしかない、ということを、この「ハチの一刺し」事件で学んだ。
あれから数年。ほぼ毎夏ハチたちは、わが家のベランダに巣を作りにやってくる。すぐ近くを飛翔していても暫くじっとしていれば、何もせずに去ってゆく。慣れれば親しみさえ湧いてくる。そして今朝、一匹と目があった(ような気がする)。「おはよう」と声を掛けて少々遠慮しながら洗濯物を干し始める。今年の巣も、間もなく完成である。