「 過去からの手紙 」
仲途 帆波(ペンネーム)
「失礼ですがずっと以前に、八王子に住んでらした〇〇さんですか?」
電話の声に心当たりはないが、紳士的な口調なので「そうです」と答える。
「実は封書を預っておりますので郵送します。詳細は中をご覧下さい」
詳しく聞こうとする間もなく、電話は切られた。
何となく薄気味が悪かったが、程なく分厚い一通の封書が届いた。
差出人の住所は近県のK市、名前にも全然覚えがないがともかく封を切る。
中には封をしたもう一通の手紙が入っていた。宛先は私で当時の住所が正しく記されている。発信人を見て私は仰天、はるか昔に交際していた女性だった。
日付は昭和37年7月、私は27歳、相手は21歳か22歳だったような気がする。
関係は「友人以上恋人未満」、付き合った期間は半年もなかったろう。
それにしても切手を貼り封をしておきながら、なぜ出さなかったのだろう?
男性の手紙を読んで事情が分かった。
「(冒頭省略)先日肝臓の病で旅立った妻の遺品を整理しておりましたところ、貴方様宛の発信していない手紙が出てきました。出さずに仕舞っておいた理由は何とも分かりません。よほど焼き捨てようかとも考えましたが、読む読まないを貴方様に委ねるのがよいのではないかと思い、お送りした次第です。なお、住所は電話帳で八王子近辺を探し、先日お電話して確かめたわけです。」
当時結婚にまで発展する可能性はあったと思うが、もう一歩踏み込めずそんな自分にイライラして言葉が過ぎてしまい、突然の絶交となった苦い記憶がある。
開封しようか読まずに過去を封印した方がいいか、引出しに一週間ほど納めておいたが読みたい気持ちをぐっと我慢し、故人の想いを尊重することにした。
庭先で手紙に火を付けると、紫色の煙の中にあの笑顔が浮かんで消えた……。