第 3200 号2010.05.23
「 幻の大会 」
小金 重裕(大阪市)
新型インフルエンザの影響でマラソン大会が中止になった。それを知ったのは三日前。初めてエントリーした福井県越前大野市の名水マラソン。大会関係者の方々にとっては苦渋の選択だったにちがいない。
宿も指定の列車も一ヶ月前から準備していたので、どうしようかと悩んだ。妻は「さっさとキャンセルしたら」とあっさり言う。
「おれ、行くわ」「何しに行くの。お金の無駄遣い」そんなやりとりを経て、私は予定通り旅立つ。
5月24日の朝は雨だった。JR福井駅6時34分発のたった1両の列車の乗客は3人しかいない。九頭竜川に沿って山間をごとんごとんと走って行く。
1時間後、越前大野駅に着いた。雨は上がっていたが曇り空で市内はひっそりしている。3700人余りのエントリーがあった大会なので実施していたら、さぞやにぎわっていたことだろう。
駅のコインロッカーに荷物を預け、ウェアーに着替えた。まずはスタート地点の市役所をめざす。市役所辺りも静まり返っている。そこを少し過ぎた所に男性ランナーが1人いた。その方は、「いっしょに走りましょう」と誘ってくれた。初めての土地で右も左もわからない私にとって、とてもありがたい。
その方は、市役所の職員で、この大会に親子で出場する予定だったらしい。「ここの地下水はおいしいですよ」そう言って集会所脇にある蛇口をひねって飲ませてくれた。なるほど名水だけあって、体に心地よい。45回を数える大会で中止になったことは初めてで、今年は新コースに変わったそうだ。「もしかしたら、私たちが初めて新コースを走っているのかもしれません」さわやかな風が吹く中、田園風景を楽しみながらの2時間余りはまさに至福の時間だった。