「 極上の二人暮らし 」
横山 まゆみ(世田谷区)
仕事を終え家に帰り、二人暮らしの娘と小さな食卓を囲むのが何よりの楽しみ。一日の出来事をおしゃべりしていると疲れもとれ、簡単な料理もご馳走に思えてくる。
その日は会議で帰宅が遅くなるため、娘の晩ご飯は用意して出かけた。初めてのひとりの夜。心配だったけれど、途中に入れた電話口の声は案外明るく「ひとりでも平気!」の返事に少しほっとしていた。それでも会議を終え電車に飛び乗り、駅からは走った。
薄暗い部屋のドアを開けると、案の定娘はベッドの中。22時半。とっくに娘の就寝時間を過ぎている。寝ているだろうと思いながら掛け布団にうずくまった娘の顔をそっとのぞくと、ぱっちり開いた目がキラキラ光っていた。
「おかえり」。娘は眠らないで待っていてくれた。
「遅くなってごめんね」
「寂しかったよう」娘はむっくり起き上がりひっしと抱きついてきた。
「晩ごはん、食べられた?」
「うん。美味しかったよ」食器はきれいに洗われ、ふせてある。
「りんごも食べた?」
「ううん。デザートは残した」
「お腹いっぱいだった?」
「ううん。かあさんと一緒に食べようと思って残したの。晩ごはん食べた?」
「うん」
「デザートは?」
「ううん。まだ…」私は紙ナフキンの包みをポケットからそっと取り出した。もらい物の小さな焼き菓子ひとつ。でも娘は歓声をあげた。
「あたしもあるんだ」
ベッドを飛び出してランドセルから取り出したのは、ハンカチに包まれた小さな小さなトマト。
「学校の畑で採れたんだよ。給食のときに食べたんだけど、あたしはかあさんと食べようと思って持って帰ったの」
りんごと焼き菓子とトマトをそれぞれ半分ずつ。私たちはいつもと同じように今日一日のことを報告しあった。違うのは娘が私の膝からはなれなかったこと。
ほとんど私と同じ大きさに育った12歳の娘。その重さで足は痺れたけれど、そのとき私はこの世で一番幸せな母親だった。