第 3195 号2010.04.18
「 父のおみやげ 」
今井 みどり(横浜市)
アムステルダムの大通り。みやげ物屋の店先で、チューリップの球根を手に取ったとき私は初めて気がついた。亡くなった父も、きっとこの通りを歩いたはずだ。
西欧が今よりずうっと遠い所だった頃、母に連れられて羽田空港までお見送りに行った。
海外出張先のオランダで、レンブラントもフェルメールも見ないまま、少々の自由な時間に手持ちのギルダーを数えながら、妻や幼い子供たちを喜ばす品を物色していた若き日の父。
今のわたしより若かったかもしれない。異国の街で緊張していただろうな。
父の選んだ平凡なおみやげは、木靴がぶら下がった風車の形のペンダント、安っぽいデルフト焼きのブローチ。そして、実家の玄関の片隅に、埃をかぶって今も立っているあまりに大きすぎるオランダ人形。レースの帽子に金髪おさげの、不敵に青い瞳を見開いた人形を「パパありがとう。」と抱き上げたけれど、ちっとも好きになれなかった。
父は気づいていただろうか。ごめんなさい。
アムステルダムの大通り。みやげ物屋の店先で、今、父のとても近くにいるのがいとしくて、「これ下さい。」咲くかどうかもわからない、ありふれたチューリップの球根を躊躇うことなく買い求めた。