「 カランコロン散歩 」
田 口 正 男(渋谷区)
先日、春の陽光が暖かな昼下がり、久々に下駄箱の奥から引っ張り出した桐下駄を鳴らして、散歩に出た。カランコロンと素足の下駄ばきで舗装道路を闊歩する、リズミカルな快音がたまらない。
気の向くままに足音を響かせ、バス通りの停留所付近まで行き着く。するといきなり見知らぬ若者に呼び止められた。「すいません。ガーデンプレイスは何処ですか」「あゝ、そこね」、ふり向いて見た相手の顔に、私はどぎまぎして答える。真新しいスーツに色黒の童顔をした彼の初々しい姿に、思わずドキリ。ふいに不器用な新入社員だった頃の私とイメージが重なり、懐かしさが胸にこみあげてきた。「よし、近くまで付き合おう」、思わぬ私の誘いに目を見張る彼と、早速目的地へ向かう。「下駄ですか。いいですね」、足音を耳にした彼はもの珍しげに、私の足元をのぞいた。「ほお―。若いのに君も好きか」「えゝ田舎育ちなので、子供時分は下駄ばきでした」
彼は明るい口調で答えながら空を仰いだ。「東京は初めて?」
「いえ小学校の修学旅行で。でも街もすっかり変って驚きました」「そりゃあ何処へ行くにも大変だ。でもじきに慣れてくるよ」「そうでしょうか?」「大丈夫だ。まあ早く一人前になるよう頑張るんだね」「はい。ボクは田舎で独り暮らしの母と、早く東京で一緒に住めるのが夢なんです」「えらいっ、その気持ちを大切に仕事に精をだしたまえ」―、<いまどき殊勝な若者だ>と感心したボクは、何だか彼が好きになった。
馬が合う彼との会話に興じて歩くうちに、いつしか阪の途中のカーブを曲がる。急に前方の建物に遮られていた視界がパッと開けた。「そら、あれがガーデンプレイスだ」、ボクは片手を前に上げ、目前に聳え立つタワービルを指示す。「ありがとうございます」と彼は微笑をたたえて丁寧にお辞儀をすると、一目散に阪を駆け上がって行った。しだいに遠退く彼の背に小手を振り、<ガンバレ>と心の中で叫んだ。