「 15分のピクニック 」
匿 名
オフィスの壁の時計が正午を指すと同時に、私は立ち上がってエレベーターへと急いだ。
すし詰めのエレベーターを一つ見送り、ようやく階下へ。ビルの回転扉を抜けて外へ出る。
早い春を告げる今朝の天気予報どおり、2月とは思えぬほど暖かな日差しが、汐留のビル街を眩しく照らしている。
どこへ行く当てがあるわけでもない。ただなんとなく、自転車にまたがって南へと向かう。
頬に当たる風はまだ冷たい。でもそこに確実に感じられる春の息吹に、気持ちが少しときめく。
気がつけば、芝公園の周辺まで来ていた。目の前に小さな公園を見つけ、自転車を停める。
園内に点在したベンチでは、数人の先客が、思い思いにくつろいでいる。
大きな楠の下のベンチに、一人分のスペースを見つけ、腰掛けてみる。木々の葉の間から、時折こぼれる日差しが気持ちいい。
バッグから読みかけの雑誌と、おむすびを一つ取り出し、目の前の東京タワーを眺めながら、つかの間の休息を楽しむことにする。
ベンチの左ではOL風の女性が、やはり一人でおむすびらしきものを食べている。右ではスーツを着た若い男性が、分厚いカツサンドを頬張っている。
名前も知らない人たちだけど、この早春の空気を、思い思いに楽しんでいるに違いない。
足元では鳩たちが、誰かのおこぼれあずかれないものかと期待に満ちた風情で、クックと首を振りながら歩いている。
この公園の中では、仕事も肩書きも関係ない。空気も時間も、ゆっくりと流れていく。
腕時計の針が、私だけの‘小さなピクニック’の終わりを告げる。15分だけのピクニック。なんだか楽しくて、思わず微笑む。
立ち上がって、また自転車にまたがり、冷たくも心地よい風に頬を染めながら、汐留に向かってペダルをこぐ。
急いで自転車を停め、春の空気をもう一呼吸、胸いっぱいに吸い込んでから、ビルの回転扉をくぐる。
出てゆくときより少しだけ、心も体、軽くなっている私がいた。