「 戦士への花むけ 」
金 森 亮 子(大田区)
朝の東急東横線。それは戦場だ。
中高と共学で育った私は、
女性専用車両という同姓しかいない空間を窮屈に感じてしまう。
だから私は日々、より込み入った通常車両に立ち向かう。
特に雨の日、不快指数は高まり、極限状態になると
人の嫌な部分だけが目につくようになる。
傘を閉じて。脇に汗はかかないで。
醸さないで 立ったまま寝ないで。
生温かい吐息を漏らさないで。 ソバージュは束ねて。
早く着け!!
そんな沈黙戦23分間の終焉に今日バラが舞った。車掌のアナウンスである。いつもの商業的なそれとは異なり、乗客を意識した、清しいアナウンスだった。
前日の遅延を詫び、本日の乗車に感謝する。
乗ってくれてありがとうという、免許とりたての18歳のような謙虚な喜びが伝わってきた。
車掌が伝達すべき情報の他に彼が発するアドリブであろう
言葉達にも気づかずにはいられなった。
本日は、東急東横線をご利用、いただき、誠にありがとうございます
傘などのお忘れ物が、多くなっておりますので
今一度、お手元の、左右をご確認、いただき、大切な、傘を、
お忘れにならないようにお気をつけてください
電車は間もなく終点、渋谷に、到着致します
これより先カーブにお気をつけてください
正確である。アドリブを入れつつも、車掌として伝達すべきポイントは正確なタイミングで知らせてくれた。
優しい声、語り口のみならず文節ごとにくぎられた間もまた、心地よい。
車内の混雑に変わりはない。しかし今日、私の眉間にはしわがない。
笑顔なのだ。彼は最後にこうつけ加えた。
この先も、どうか、お気をつけていってらっしゃいませ
車内にバラが舞ったように感じたのは扉が開いた時だった。
三々五々、各々の進路、新たな戦場へと向かうスーツたちへのはなむけのように…
人の嫌な部分しか見つけられなかった私に、
人と人が触れ合うことの素晴らしさを教えてくれた。
明日もまた同じ電車に乗ろう。元気をもらおう。